行列のできる法律相談所(2)

人のルックスに50点とつけたら侮辱罪になるのか?

事件の概要は、あるOLが同僚の記録したルックスの点数が他に比べて著しく低いということが侮辱に当るかどうかということである。
本件のOLは歓迎コンパで「顔が田舎っぽい」と言われたことがきっかけで、エステにジムに通い詰めて、綺麗になるべく努力していることから、相当プライドが高いと推測できる。
ただ、このOLのルックス点数は軽い遊びという側面や当該同僚の主観が多分に入っているということを勘案すると、果たして、本件OLの侮辱に当るのかが争点となるであろう。

私の意見

結論を先に述べると、これは侮辱に当たると言える。
理由は刑法第231条に

事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

とあり、客観的事実であろうとなかろうと周囲に人がいる前で他人を侮辱したら、侮辱罪の構成要件を満たすからである。
本件の場合は、他のOLに比して著しく低い評価を周囲に知らしめており、例え客観性のない主観的判断でも、「公然と人を侮辱した」と解せる。
尚、本件に限らず、明確に侮辱罪が成立したとしても、これを以て警察署に被害届を出して対処して貰えるかは微妙な所である*1
親告罪の場合の刑事裁判の大まかな流れは(1)被害者からの被害届を警察が受理、(2)警察が当該事件を調査し必要に応じて加害者を逮捕・取調べを行う、(3)警察から検察に対し加害者の身柄等の送検*2、(4)検察にて加害者を取り調べて送検後24時間以内に刑事事件として起訴するというものである。
まず、(4)の刑事事件として起訴から検討すると、侮辱罪というのが本質的に微罪で*3、裁判所の訴訟経済を勘案すると、この程度の微罪だけで刑事裁判として起訴するのは無意味である。
よって、刑事裁判として起訴される可能性は低い。
次に(3)の送検であるが、前述のように侮辱罪は身柄を送検する程の重罪とは言えず、これもあった所でせいぜい書類送検程度である。
次に(2)の逮捕・取り調べであるが、これは例え微罪であってもありうる。
但し、その微罪でその容疑者を逮捕したい程の事件が別にない限り、微罪での別件逮捕はありえない。
本件の同僚が例えばテロ組織のメンバーだったり、凶悪事件の指名手配犯だった場合は逮捕されうるが、これは本件とは無関係であるし、微罪による逮捕は本質的にレアケースに過ぎない。
よって、これも確率的には低い。
そうなると、(1)で被害届を出しても、加害者が全くの一般市民だった場合、受理されたところで警察が動くとは考えにくい。
もし、侮辱罪を主張し、相手に何某かの制裁を与えたいと考えるのなら、民法709条の損害賠償請求を用いるのが現実的だろう。
そういうことを考えると、侮辱罪は微罪による別件逮捕のためか、損害賠償請求のために存在していると考えるのが妥当であろう。

番組の結論

ルックスに点数をつけたら侮辱罪になる可能性は60%である。
大勢の前で評価を発表したことに問題があるとのこと*4
ゲストは皆、侮辱罪が成立すると判断した。

北村弁護士:侮辱罪になる

意見の趣旨は他の人より明らかに劣っている点数がついていることは侮辱に当るということである。
丸山弁護士の意見に対して、主観的評価は自由であってもそれを発表したら侮辱に当ると反論した。
刑法第231条の文理解釈上、正しい評価である。
また、北村弁護士の反論を敷衍すると、主観的評価は心の内にあれば憲法第19条の思想・良心の自由で守られるが、それを外に出した場合、憲法第21条の表現の自由のため、公共の福祉による制限を受けるということがある。
本件に「公共の福祉」を出すのには大袈裟かもしれないが、少なくとも、表現行為には一定の制限を受けうるという意味においては間違っていない。

住田弁護士:侮辱罪にならない

意見の趣旨はこれはお遊びだから、社会的評価を貶めたかは判断できないということである。
住田弁護士の意見は刑法第231条の縮小解釈である。
つまり、「公然と人を侮辱した」という事実のみならず、その結果の「社会的評価を貶めた」ということを更に要件としているものである。
私としては、この住田弁護士の判断は2つの意味でおかしいと感じている。
一つは刑法第231条の文理上存在しない要件「社会的評価を貶める」を要求していることである。
確かに、名誉毀損*5などの名誉に対する罪を定めた経緯は「名誉」という法益保護の観点からである。
しかし、刑法第231条の文面には、刑法第230条のように「人の名誉を毀損した」という文言はなく、ただ「公然と人を侮辱した」という事実のみで罰せられると定められたと解するのが妥当である*6
よって、この縮小解釈は文理上ありえないとしか言えない。
もう一つは、住田弁護士が過去、出版社*7名誉毀損で訴えたことがあったということからである。
詳細は「sokの日記」を見て戴くことにするが、本件OLはエステにジムに通っているということだが、これは丁度、住田弁護士がダイエットをしていたことに重なる。
また、住田弁護士が訴えたのは、その出版社の刊行する女性誌で「もうスブタと呼ばせない!」などという屈辱的なタイトルを付けられた上、本人への取材なく関係者の話のみで記事を書かれたということである。
これは、本件において当該OLが明らかに劣る点数を付けられたことに類似している。
尤も、住田弁護士の場合は出版社によるパブリシティ権侵害*8にも近いものもあるが、(1)細かな様態は異なれど相手を侮辱するような表現があったこと、(2)本人の意見を聞かずに一方的なことを発表したことという2つにおいては、本件も住田弁護士の過去起こした裁判も同じである。
つまり、このような過去を持ちながら、本件OLの立場に立てなかった住田弁護士の意見は極めて遺憾である。
尤も、住田弁護士の場合、侮辱罪になるかどうかについて玉虫色の判断を下した結果の「侮辱罪にならない」というのであって、後述の丸山弁護士のようにこの程度の侮辱ぐらい受忍せよという意味の「侮辱罪にならない」とは意味合いが違うことに注意されたい。

橋下弁護士:侮辱罪になる

意見の趣旨は30点の開きは余りに大きく、好みの問題で片付けるには問題があるということである。
北村弁護士に同旨である。

丸山弁護士:侮辱罪にならない

意見の趣旨はこれは当該同僚の主観的な価値観であり、いちいち「これは違法だ」「侮辱だ」と騒ぐべきではないということである。
如何にも丸山和也先生らしい判断である*9
個人的には、そういう相手の「主観的な価値観」に苦しめられてきた過去があるだけに、これは堪える内容である。
丸山弁護士の判断は、本件被害者のOLの立場*10に立っておらず、ややもすれば人権軽視との謗りも免れない。
この意見からすると、世間でいちいちセクハラだとかDVだとか騒いでいる女性は皆おかしいと言えてしまう。
勿論、いちいちセクハラだとかDVだとか騒いでいる女性の中には難癖をつけたいがために訴えているケースも少なくないので、全てが全ておかしくないとは言えない。
しかし、深刻な暴力や屈辱に悩まされている女性*11にとってはそういうことで暴力を振るう側や陵辱する側を庇護されてはたまったものではない。
確かに、侮辱罪はそれ自体刑法罰としての意味合いは薄い。
しかし、日本国憲法第13条に掲げられた基本的人権の尊重を鑑みると、侮辱罪が定められているのは、偏に人権擁護のためとも解せる。
よって、丸山弁護士のような判断はセクハラをする側やDV加害者の福音でしかなく、いじめっ子の擁護でしかない。

総括

侮辱罪は単独では全く意味をなさない刑法罰であるが、悪用すれば微罪逮捕のために用いられる反面、民事訴訟で損害賠償請求を行うときの根拠や、人権擁護の観点から重要な役割を持っているとも解釈できる。
そういう意味からすると、侮辱罪を無意味とするような意見は納得できない。
尚、津村巧氏はそのまま放置すれば忘れ去られる侮辱的内容が裁判沙汰にすることで忘れ去られなくなって本末転倒になると締めているが、数々の侮辱を受け続けてきた私から言わせると、それは違うような気がする。
ただ、相手が狡猾だと、侮辱如きでギャアギャア喚いたという事実を以て、更に名誉毀損を行うような行動に出ることもあるので、津村氏の意見も強ち的外れとは言えない。
蓋し、いじめはこうして再生産されるのである。

*1:侮辱罪や名誉毀損罪は親告罪なので、警察への届出が必要である

*2:逮捕後48時間以内に

*3:刑罰も「拘留又は科料」という程度

*4:刑法第231条の文理解釈

*5:刑法第230条

*6:これは北村・橋下両弁護士の意見でもある

*7:小学館

*8:先週の「新庄の信条」の件もそれに当たる

*9:私にとっては想定の範囲内ということである

*10:からかわれたことをきっかけにエステやジムに通うのはそれに対してコンプレックスがあり、かつプライドが高い証拠である!

*11:本件のOLなどその一例である