いじめで出席停止

いじめた生徒は出席停止に…教育再生会議が緊急提言へ

記事の中で

学校教育法では、「児童の性行不良で、他の児童の教育に妨げがある時」は、市町村教委は保護者に対し、その児童の出席停止を命じることができると定めている。具体例として、傷害、心身の苦痛、財産上の損失などを与える場合を挙げている。

とあり、今回の提言は上記を適用させたものだが、幾つかのBlogで批判意見が出ている。
ただ、批判意見にも2つの類型があるようである。

本人の自覚を促さなくては無意味

一つは、出席停止をさせても、本人が自覚できないのなら必ず繰り返すので無意味とする意見である。
こちらは「元検弁護士のつぶやき」など意見である。
私も、以前からいじめに関する記事を幾つか書いてきたが、中学生以前の子供の場合、人権感覚が育っておらず、どうしたっていじめに向かってしまう。
そういう意味において、教育者が出席停止措置で簡単に逃げを打つべきではないという趣旨には賛成である。
ただ、これだけだと本来人権を教育しなくてはいけない教師の人権感覚が麻痺しているという深刻な問題があることを無視してしまっている嫌いがある。
これから教育に携わる人になるのなら、これを機に人権についてよく学んで欲しいが、既存の教育者の人権教育の施策をどうするかが課題だろう。
私としては、いじめは人権侵害であるという考えである。
そのために、徹底した人権教育が必要だと感じている。

公権力で封じ込めるのが最良か?

もう一つは、出席停止程度では生ぬるいとする意見である。
こちらは「或る浪人の手記」と「子育てパパの航生日誌Next」などの意見である。
いじめは犯罪という主張は私としても首肯しうるものであるが、犯罪だからやってはいけないとかそうでないのならOKという発想はどうかと思う。
前述のように、いじめは人権侵害である。
このことを前提にこの問題に取り組まないと「法律多くして正義いよいよ少なし*1」の状態になりかねない。
これは、畢竟、DV防止法に倣って「いじめ防止法」を制定する方向に向かうだろう。
但し、今回紹介した両ブログとも、そこまでは主張していない。

いじめは犯罪以前に人権侵害であることをよく知るべき

人権とかいうと、一部のプロ市民*2とかのイメージがあって、悪いイメージを抱いている人が少なくない。
だからこそ、容易にいじめを犯罪だと主張し、公権力の介入を促す意見も出る。
しかし、余りに公権力を介入させるのは、警察国家に傾倒し、やがてはあらゆる人権が公益や公共の福祉の名の下で制限が掛かり、自由な議論すらできなくなる危険も多い*3
人権とはプロ市民の主張のような我が儘勝手を意味するものではない。
人が人らしく生きるために存在するものである。
そういう意味において、いじめは相手の人間性を否定する重大且つ不合理な人権侵害であることをよく知るべきである。

*1:イギリスの諺らしい

*2:私から言わせれば、この手の連中は本質的に秩序を乱すだけの我が儘なegotist(利己主義者)に過ぎない。なまじ社会知識に長けているだけに箔が付いているだけに変に権威めいて見えるだけ

*3:愛国心の押しつけなどもこれの端緒である