裁判員制度に関する私見

伊藤塾伊藤真塾長は導入に積極的

司法試験の予備校のカリスマ講師として有名で、また、左巻きで屡々反権力的な側面のある伊藤真氏は裁判員制度の導入にはかなり積極的である*1
伊藤真氏は自身が嘗て弁護士だったことやそれこそ裁判官などを目指す人達に囲まれている*2ことや法律知識の普及を目指す姿勢から、日本人が裁判員になることに対して一定の恐怖・不満を抱いている気持ちが分からないのかも知れない。
伊藤真氏曰く、世界で陪審制度或いは参審制度を導入していない国は少なく、殊、先進国となると、唯一日本だけだという。
因みに、今年のパースペクティブ憲法の内容は裁判員制度の話である。

裁判員制度に反対する人の主張

裁判員制度を施行する法案は既に全会一致で国会で可決した後なので*3、今更異を唱えても無駄かも知れないが、一応、反対者の主張を紹介しておく。
因みに、反対者は所謂右翼・左翼の分類に関係なく存在している。
以下に、反対論者のページを3つほど紹介しておく。
天下の大悪法・裁判員制度徹底糾弾!!高野善通の雑記帳
裁判員制度に反対する親爺のページ
國民新聞
これら3つのページや裁判員制度に反対する記事のあるBlogなどの反対論者の主張を纏めると、

  • 人を裁くという行為への恐怖*4
  • 自由時間を奪われることに対する不満*5
  • 裁判制度や法規範に対する無知

が根拠にあると言える。
日本は人治国家ではなく、法の支配*6なのだから、法律とか裁判とかに関して関心を持ち、それに対してもっと理解を深めて欲しいものである。

戦前にもあった陪審員制度

裁判員制度に関して、如何にも新しい制度であると勘違いしている人達が少なくないので、ここで陪審法という現在停止中*7の法律を紹介しておく*8
陪審法が成立したのは大正デモクラシーと呼ばれた時期*9である。
成立時は原敬政権で普通選挙よりも早く成立した。
しかし、昭和18年、太平洋戦争が激化すると、所謂大政翼賛体制に入り、陪審法が戦後に復活させるという形で停止された。
つまり、日本の陪審制度は昔から無かったどころか、存在していた上、戦争の激化によって今尚停止中という状態なのである。
それにしても、GHQがこの法律の存在に気が付かなかったのは如何にも迂闊である。
アメリカの統治下にあった沖縄では陪審制度があったのだから。
因みに、今検討されている裁判員制度は戦前の陪審法の復活とは言いにくい側面もあるが、国民の司法参加という意味では同じである。

私の意見

裁判員制度に対する反対の声の多くは、裁判制度や法規範に対する無知に起因していると私は考えている。
そういう意味において、裁判員制度の導入は思考を避け面倒なことを他人に丸投げする現代日本社会の国民を啓蒙する1つの機会として欲しい。
また、今の日本社会は人治主義と法治主義*10が中途半端に混じり合った状態である。
勿論、こうした体制に慣れた大半の国民の性格から最初のうちは混乱も生じるだろう*11
しかし、この混乱を乗り越えれば、日本の民主主義制度の完成が見えてくる。
そういう意味において、裁判員制度の導入は賛成である。

因みに、私は裁判員に指名されたら進んで参加するつもりである。
尤も、それ以前に、司法試験の勉強しているのだから、法曹になるかもしれないが。

*1:憲法の基礎マスターの授業の中でもかなり積極的な態度を見せていた

*2:司法試験の予備校を主宰しているから当然だろうけど

*3:2009年より開始

*4:例えば、マスメディア情報に惑わされるから公正中立な判断ができないとか、被告人にストーカーされるとか

*5:例えば、自営業のため多忙で裁判所に出頭している暇はないとか、会社を馘にされることが怖くて休めないとか

*6:俗的には法治国家という

*7:廃止になったのではない

*8:陪審制度を復活させる会」など参照

*9:大正12年

*10:憲法学的な意味では法の支配

*11:どんな制度だって、最初のうちは混乱は付き物である