幸福実現党騒動から考察する「自分バカ」というクレーマー対応術

1.始めに

民主党の代表が鳩山由紀夫氏になった頃、宗教法人「幸福の科学」が突如として、幸福実現党なる政党を立ち上げてからというもの、ありとあらゆる所で話題に上った。
大半が否定的であるものの*1、非常に多くの人の関心を引いていることは驚嘆に値する。
ただ、その否定的な立場の者による2ちゃんねるなどの一部のネットの書き込みにおいて、目を覆いたくなるような問題がある。

2.過激なアンチは「自分バカ」

(1)勢古浩爾氏の「日本を滅ぼす『自分バカ』」を読んで

最近、私は勢古浩爾氏の「日本を滅ぼす『自分バカ』」という本を読んだ。

この本の内容は今の日本に蔓延する「自分病」―利己主義についてで、勢古浩爾氏らしい挑発的で煽動するような文体で書かれている。
この本を読んで、結構自分自身耳の痛い話も少なくなく、挑発的な文体も相俟って、結構「頭に来た」本である*2
しかし、言っていること自体は今の日本社会の状況を的確に風刺しており、読後感としては妙に納得がいった。

(2)2ちゃんねるについて

以前、幸福実現党の記事を書いたとき、2ちゃんねる心と宗教板の「幸福の科学」関連スレッドに6月11日の記事が紹介されていたようである。
うちのblogは幸福実現党に関しては否定的なスタンスなので、叩かれているような雰囲気はなかったのだが。
その後、6月22日の記事2ちゃんねるにリンクが張られていることも発見した*3
自分で言うのも何だが、比較的冷静に批評を加えていることから紹介されたのかもしれない*4
それはさておき、私が主に見ている議員・選挙板のスレッドで相当酷い者を発見した。
それは、極めて過激に否定するタイプのアンチ「幸福の科学」で貫いている者である。
所謂「コテハン*5」ではないが、事ある毎に危険性ばかり主張して、公安警察に妙な期待を寄せたり*6、明らかに他人のレスの単語に反応したようなレスを付けたりと、如何にも「怒り」や「恐怖」の余りに思考停止した雰囲気である。
私から言わせると、このような人物こそが極めて危険な存在であると考える。
それは、この人物は前述の勢古浩爾氏の著書でいう所の「自分バカ」であるからである。
世の中には色々な立場の人間がいて、その立場に応じて色々な考えを持つことは当然にあることなのだが、この手の人物は自分の気に食わない意見があると、それが例え同じ立場からの意見であったとしても、異常なまでに攻撃する。
論破してみせるのみならず、人格否定までするのだから質が悪い*7
何も、この手の人物は「幸福の科学」関連に留まらず、様々な所で見られる。
ただ、共通して言えることは自分の意見に少しでも批判を加えようものなら、異常なまでに逆上するタイプの人間である。
丁度、「カルト宗教」の話絡みで言っているから*8、この手の人間を「自分バカ」ではなくて「自分カルト」と呼ぶことにしよう。

(3)冷静にならないと敵に似てしまう

こういう「自分カルト」な人間の場合、敵愾心を抱いている対象にネガティブな意味合いで執着する傾向が見られる。
本人は自らの正義感に基づいて糾弾しているつもりだが、そのことばかり考えているうちに、やがて、対象に似てくるという現象が見られる。
特に、「自分カルト」の人が糾弾している所が移ってくるのである。
そうなってくると、冷静な第三者の目にはどっちもどっちに写り、畢竟、自らの目的を果たしにくくなる状況に陥るのである。
因みに、フランスの「カルト」の判定条件には以下がある。

  1. 精神の不安定化
  2. 法外な金銭的要求
  3. 住み慣れた生活環境からの断絶
  4. 肉体的保全の損傷
  5. 子供の囲い込み
  6. 反社会的な言説
  7. 公秩序の攪乱
  8. 裁判沙汰の多さ
  9. 従来の経済回路からの逸脱
  10. 公権力への浸透の試み

これらは全てを満たした場合ではなく、1つでも該当する場合に「カルト」と判定するという。
これを「自分カルト」に当てはめてみると、「精神の不安定化(自分と少しでも食い違う意見を言われると怒り心頭になる)」と「反社会的な言説(脅迫めいた言葉或いは人格否定)」が該当し、「カルト」であると見なされる*9
因みに、「幸福の科学」もこの基準で「カルト」と判定されている*10
何れにしても、「自分カルト」の人間は「カルト」に否定的に関わる余り、知らず知らずのうちに「カルト」化してしまった哀れな人間である。
もし、「自分カルト」に「洗脳」されそうになったのなら、自分の偏見や先入観を捨てて、冷静な第三者の目で自らの言動を省みることを薦める。

3.「悪質クレーマー」は賛同者にも迷惑

(1)横山雅文氏の「プロ法律家のクレーマー対応術」を読んで

前述の勢古浩爾氏の本を読み終えた直後、横山雅文氏の「プロ法律家のクレーマー対応術」を読んだ。

こちらの本は、勢古浩爾氏の言う「自分バカ」のうち、企業などに不当なクレームを付けるタイプの者―「悪質クレーマー」の対策をクレーム処理を担当した弁護士の書いた本である。
ただし、「自分バカ」と「悪質クレーマー」とは多くの所で重なっているが、「自分バカ」は必ずしもクレーマーを含まないし、「悪質クレーマー」の中には「自分バカ」のような「善意」で迷惑をかけるような存在ではなく、意識的乃至は意図的にに「悪」を働く存在―反社会的団体の構成員なども含まれる点で、一致していない。
なお、横山雅文氏は「悪質クレーマー」増加の原因を消費者保護の法整備が進んだことと企業の不祥事が相次いだことを原因としている。
本質的に、「コールセンター」向けの本にも見えるが、「自分バカ」に対処する上でのヒントも得られると思う。

(2)第三者の目を気にしなくなると形振り構わなくなる

さて、話を「自分カルト」の愚かしさ乃至は迷惑の話に戻すと、先程までは、「自分カルト」自体の性質を考察してきたが、ここでは、「自分カルト」ののさばらせた場合の損失について語る。
「自分カルト」の人間は自らの言動が例え反社会的であったとしても、悪いのは自分をこのような行動に駆り立てた相手であり、自分は100%「正義」乃至は「善意」に基づいて行動していると信じて疑っておらず、周囲の意見に対し、冷静に対処する能力を失っている。
本来、目的を達成するためにはそれのために効率的かつ合理的な手段を選ぶべきであるが、「自分カルト」の人間は短絡的な手段に走りがちである。
その短絡的手段を効率的かつ合理的と信じてしまっている状態であるから、横紙破りの常軌を逸した行動も平気で行う。
これがしばしば刑法罰を構成するようなことになり、「自分カルト」の人間に絡まれた敵対者を喜ばせるような結果になる。
本来、「自分カルト」の人間の主張が実は真実乃至は正義に基づくものだとしても、その採った手段の悪さ故に、その主張内容自体が否定されるという、本人にとって望ましくない結果を招来させることになる。
場合によっては、賛同者もその「自分カルト」の人間と同じと見なされ、例え、他の賛同者が効率的かつ合理的な手段を採っていたとしても、「自分カルト」のために否定されるということにもなる。
特に、相手がそれなりに反社会的な存在であった場合、追及する側の行き過ぎや短絡な行動というところで隙を突かれ、姉妹には攻守逆転してしまうという形で、反社会的な存在を「許す」結果になってしまう。
こういうことを防ぐためにも、冷静な第三者の視点を常に意識することが必要である。
つまり、短絡的であることを効率的だと履き違えてはいけないということである。

3.総括

書評を交えたため、分かりにくい形になってしまったが、自分の意見に少しでも食い違いがあると感情的になる「自分カルト」は自分に執着した哀れな人間であるだけでなく、同じ意見或いは立場の人間を窮地に追い込む迷惑な存在である。
正直、私は「幸福の科学」を邪教と見なしていないが、幸福実現党を否定する立場である。
是々非々を弁え、採るべき所は採り、非難するべき所は非難するスタンスでありたい。
これは「幸福の科学」の件に限らず、一般的な話であるが、ここ最近の2ちゃんねるなどにおける一部のヘイトスピーカー紛いの言動に対する抗議の意味合いで、ここにしたためておく。
常に、冷静な視点で有意義な議論を心掛けたいものである。

*1:うちも幸福実現党に関しては否定的な方。

*2:余談だが、本の19ページに「汗牛充棟」を「ひしめいている様」を表すのに用いているのにも怒りを覚えた。「汗牛充棟」とは「書籍が非常に多い様」を表す言葉で、中国の故事から由来している。誤用とはぞっとしない。

*3:http://ime.nu/」があること以外、証拠が掴めていない。

*4:ただ、22日の方はかなりくだけたと言うより、投げやりな感じも否めないが。

*5:2ちゃんねる用語固定ハンドルネームのこと。

*6:恐らく、この御仁は日本共産党も危険視しているのだろう。

*7:場合によっては、論破せずに人格否定する。

*8:ただ、私は「幸福の科学」を有害な「カルト宗教」とは見ていない。

*9:他もあるだろうが、一般的なもののみに限定した。

*10:何処に該当するかは不明。